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正義感か、嫉妬か?炎上に参加する人々の知られざる心理的動機

なぜ私たちは、時に顔も見えない相手への批判に熱中してしまうのでしょうか?
SNSでの「炎上」は、今や誰もが目にする現象です。
しかし、その燃え盛る炎の中にいる一人ひとりは、決して特別な人ではありません。

「間違っていることを正したい」という純粋な正義感が、いつの間にか過激な攻撃に変わってしまう。
あるいは、心の奥底にある嫉妬や不安が、匿名という仮面の下で顔を出す。

本記事では、企業のブランドセキュリティ部門で数々のWEBリスク案件に携わってきた筆者が、炎上に参加する人々の複雑な心理を、具体的な事例と共に紐解きます。
この記事を読めば、炎上の裏側にあるメカニズムを理解し、個人として、そして企業として、情報社会とどう向き合うべきかのヒントが得られるはずです。

目次

炎上とは何か?今さら聞けない基本のメカニズム

SNSの普及以降、ネット炎上は頻繁に発生しており、企業の事業に大きな影響を及ぼす可能性もあります。 まずは、この「炎上」という現象の基本的な定義とメカニズムについて確認しておきましょう。

そもそも「炎上」の定義とは?

ネット炎上とは、特定の対象に対する批判や非難がインターネット上で殺到し、収拾がつかなくなる状態を指します。
個人や企業の発言・行動が大きな議論や反発を呼び、SNSなどを通じて爆発的に拡散されることで発生します。

私が所属していたブランドセキュリティ部門では、例えば「特定のキーワードでのネガティブな検索結果の急増」「SNSでの批判的な言及数の急激な増加」などを、炎上と判断する一つの基準としていました。

単に話題になる「バズる」という状態とは異なり、炎上は批判的な投稿が殺到し、対象へのネガティブなイメージが形成される点が大きな特徴です。

炎上が発生し、拡大するまでの典型的な流れ

炎上は、多くの場合、予測不能な速さで拡大していきます。その典型的なプロセスは、以下のようになります。

1. 火種の発生

企業や個人の不適切な投稿、不祥事、失言などが「火種」となります。

2. 一部ユーザーによる批判・拡散

火種を発見した一部のユーザーが批判的なコメントを投稿し、それがフォロワーなどに拡散され始めます。

3. インフルエンサーやネットメディアによる拡散

影響力の大きいインフルエンサーやネットメディアが火種を取り上げることで、情報は爆発的に拡散されます。

4. マスメディアによる報道

テレビや新聞などのマスメディアが報じることで、普段ネットをあまり利用しない層にも情報が届き、社会問題化することもあります。

5. 鎮火または延焼

企業の適切な対応により鎮火に向かうこともあれば、対応の失敗や新たな燃料の投下によって、さらに燃え広がる(延焼する)こともあります。

この流れは非常に速く、一度火がつくと、企業が気づいた頃にはすでに取り返しのつかない事態になっているケースも少なくありません。

なぜSNSは炎上の温床になりやすいのか?

SNSが炎上の主な舞台となる背景には、そのメディア特性が深く関わっています。

  • 高い拡散性 → リツイートやシェア機能により、情報が瞬時に、そして広範囲に拡散されます。
  • 即時性 → 誰もがリアルタイムで情報を発信・受信できるため、事態の進行が非常にスピーディです。
  • 共感性 → 「いいね」やコメントを通じて感情的な共感が広がりやすく、集団的な熱狂を生み出しやすい構造になっています。

さらに、アルゴリズムによって自分と似た意見ばかりが表示される「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」といった現象も、炎上を加速させる要因です。
自分と同じ意見が繰り返し表示されることで、その意見が社会の総意であるかのように錯覚し、反対意見を許さない排他的な空気が醸成されやすくなるのです。

参考: インターネット上での情報流通の特徴と言われているもの | 総務省

【本題】炎上に参加する人々の5つの心理的動機

では、なぜ人々はこれほどまでに熱心に炎上へ参加するのでしょうか。
ブランドセキュリティの現場で数々の事例を見てきた経験から、そこには単なる「悪意」だけでは片付けられない、複雑な心理的動機が絡み合っていることが分かります。

なぜ人は「炎上」に加担してしまうのか?

1. 歪んだ「正義感」と処罰感情

炎上に参加する最も大きな動機の一つが、皮肉にも「正義感」です。
「間違っていることをしているのが許せない」「社会のために悪いことを正さなければ」という思いが、過剰な攻撃を正当化してしまうのです。

脳科学者の中野信子氏が指摘する「正義中毒」という状態がこれにあたります。
人間の脳は、社会のルールから外れた人など、分かりやすい攻撃対象を見つけて罰することに快感を覚える仕組みを持っています。 他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されるのです。

この「正義」が暴走すると、相手の人格を全否定したり、過去の言動まで掘り起こして執拗に攻撃したりと、本来の目的から逸脱した「私的制裁」へとエスカレートしていきます。
この状態に陥ると、自分たちが集団で個人を攻撃しているという加害意識は薄れ、「社会のために良いことをしている」という万能感に浸ってしまうのです。

2. 「匿名性」が外す心のブレーキ

インターネット、特にSNSの「匿名性」は、人々の心のブレーキを容易に外してしまいます。
この現象は、心理学で「オンライン脱抑制効果」と呼ばれています。

対面でのコミュニケーションであれば、相手の表情や声のトーンから感情を読み取り、無意識のうちに自分の言動をコントロールします。
しかし、オンライン上ではそうした非言語的な情報が欠落しているため、相手がどう感じるかへの配慮が薄れ、攻撃的で無責任な発言をしやすくなるのです。

「どうせ身元はバレないだろう」という考えが、普段は理性で抑え込んでいる攻撃性や欲求を解放してしまいます。
ブランドセキュリティ部門でモニタリング業務を行っていた際も、匿名掲示板やSNSのコメント欄には、現実世界では到底口にできないような過激な言葉が溢れていました。匿名性という仮面が、人の攻撃性を増幅させることは間違いありません。

3. 集団心理が生む「サイバーカスケード」現象

「みんなが叩いているから、自分も叩いていいだろう」
炎上の中では、このような集団心理が強く働きます。

同じ考えを持つ人々がインターネット上で集まり、閉鎖的な空間で議論を重ねることで、意見がどんどん極端になっていく現象を「サイバーカスケード」や「集団極性化」と呼びます。
カスケードとは階段状の滝を意味し、まるで水が一つの方向に流れ落ちるように、人々の意見が特定の方向へ集約され、大きなうねりとなっていく様子を表しています。

参考: サイバーカスケードとは・意味 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン | IDEAS FOR GOOD

この状態では、少数意見や反対意見は「空気が読めない」として排除され、異論を唱えることが許されない雰囲気が生まれます。
集団の中にいることで責任感が分散し、「自分一人くらい大丈夫だろう」という意識(傍観者効果)も働き、過激な行動へのハードルが下がってしまうのです。

4. 他者への「嫉妬」や「ルサンチマン(怨恨)」

成功者やインフルエンサー、あるいは華やかな広報活動を行う企業など、恵まれているように見える存在は、時に嫉妬やルサンチマン(弱者が強者に対して抱く怨恨や憎悪)の対象となります。

自身の現実社会での満たされない思いや鬱憤を、匿名で安全な場所から他者を攻撃することで晴らそうとする心理が働くのです。
私が担当した案件の中にも、企業の好調な業績発表や、社員の充実した働きぶりを紹介する記事が、一部のユーザーから「自慢か」「恵まれている奴らは許せない」といった理不尽な批判を受け、炎上に発展したケースがありました。

このような炎上は、投稿内容そのものに大きな問題がない場合でも発生するため、企業にとっては予測が難しく、非常に厄介なものと言えます。

5. 承認欲求と自己有用感

炎上に参加し、過激な意見や的を射た(ように見える)批判を投稿することで、「いいね」や賛同のコメントを集め、承認欲求を満たそうとする人々もいます。

SNS上での影響力を高めたい、注目を浴びたいという動機が、炎上への参加を促すのです。
また、「社会問題に対して物申す自分」に酔いしれ、自己有用感を得ようとするケースも見られます。
彼らにとって炎上は、社会正義の実現というよりも、自己表現や自己満足のための「コンテンツ」として消費されている側面があるのです。

企業は炎上とどう向き合うべきか?ブランドを守るための視点

ここまで見てきたように、炎上は様々な心理が複雑に絡み合って発生します。
では、企業はこのコントロール不能に見える現象と、どう向き合っていけばよいのでしょうか。
ブランドセキュリティ部門での経験を踏まえ、「守り」と「攻め」の両面から解説します。

一度の炎上が企業に与える深刻なダメージ

まず、炎上がもたらす経営リスクの深刻さを正しく認識することが不可欠です。

ダメージの種類具体的な内容
ブランドイメージの低下長年かけて築き上げてきた信頼や評判が、たった一度の炎上で失墜する。
売上・業績の悪化不買運動や顧客離れにつながり、直接的な売上減少を招く。
採用活動への悪影響「ブラック企業」などのネガティブな評判が広まり、優秀な人材の確保が困難になる。
株価の下落上場企業の場合、投資家の信頼を失い、株価が下落するリスクがある。
従業員の疲弊批判への対応や顧客からのクレーム対応に追われ、従業員の士気が低下し、離職につながることもある。

私が目の当たりにしてきた企業の中には、炎上がきっかけで主要な取引先を失ったり、採用計画が白紙になったりと、事業の根幹を揺るがす事態に陥ったケースも少なくありません。
一度損なわれたブランドイメージを回復するには、多大な時間とコスト、そして労力がかかります。

炎上を予防する「守り」の広報・マーケティング

最も重要なのは、炎上を未然に防ぐための「守り」の体制を構築することです。

SNS運用ルールの策定

公式アカウントの運用目的、投稿内容のトーン&マナー、禁止事項などを明確に定めたガイドラインを作成し、関係者全員で共有します。 炎上発生時の対応フローも明記しておくことで、いざという時に迅速な行動がとれます。

複数人によるチェック体制の構築

投稿内容は、必ず複数人の目でダブルチェック、トリプルチェックを行いましょう。 一人の担当者の思い込みや知識不足が、意図せず炎上を招くケースは後を絶ちません。

特に、ジェンダー、人種、宗教、政治といったセンシティブな話題には細心の注意が必要です。

従業員へのSNSリテラシー教育

従業員個人のアカウントでの不適切な投稿(いわゆるバイトテロなど)が、企業全体の炎上に発展するケースも頻発しています。 定期的な研修を実施し、SNS利用のリスクと責任について全社的な意識を高めることが不可欠です。

もし炎上してしまったら?被害を最小化する「攻め」の対応

どれだけ予防策を講じても、炎上のリスクをゼロにすることはできません。
万が一炎上が発生してしまった場合は、被害を最小化するための迅速かつ誠実な「攻め」の対応が求められます。

炎上対応の基本フロー

  1. 事実確認の徹底:
    まずは何が起きているのか、SNS上の情報だけでなく、関係各所へのヒアリングを通じて正確な事実関係を迅速に把握します。憶測で動くのは禁物です。
  2. 迅速な初期対応:
    炎上対応はスピードが命です。 長時間沈黙していると、「隠蔽しようとしている」とさらなる批判を招きかねません。事実確認中であっても、「現在事実関係を確認しております」といった一次情報を速やかに発信することが重要です。
  3. 誠実なコミュニケーション:
    事実関係が明らかになったら、公式サイトや公式SNSアカウントを通じて、自社の言葉で誠実に説明・謝罪します。誰に、何を、なぜ謝罪するのかを明確にし、今後の再発防止策まで具体的に示すことが、信頼回復への第一歩となります。

やってはいけないNG対応

  • ユーザーへの反論・口論: 感情的な反論は、火に油を注ぐだけです。
  • 安易な投稿削除: 「証拠隠滅」とみなされ、さらに大きな批判を招きます。削除する際は、その理由を明確に説明する必要があります。
  • 責任逃れや言い訳: 他責にするような態度は、ユーザーの怒りを増幅させます。

過去には、迅速かつ誠実な対応によって、逆に企業イメージを向上させた「神対応」と呼ばれる事例もあります。 危機は、企業の姿勢が問われる機会でもあるのです。

よくある質問(FAQ)

Q: 炎上に参加しているのは、ごく一部の特殊な人だけですか?

A: いいえ、必ずしもそうとは言えません。
国際大学の山口真一氏の研究によると、炎上1件あたりにネガティブな書き込みをする人はネットユーザーの0.00025%(約40万人に1人)とごく少数ですが、その動機の多くは「間違っていることをしているのが許せなかった」という正義感であることが分かっています。 匿名性や集団心理といった環境要因が、ごく普通の人を過激な行動に駆り立ててしまうのが炎上の怖いところです。

参考: 炎上加担、実際は40万人に1人 経済学者が誹謗中傷の”リアル”分析

Q: 炎上しやすい投稿に特徴はありますか?

A: はい、あります。
一般的に、以下のような内容が炎上の火種になりやすいと言われています。

  • 社会的な規範や倫理観に反する内容
  • 差別的・攻撃的な表現(ジェンダー、人種、政治など)
  • 事実誤認や誤解を招く情報
  • 企業の不誠実な対応(ステルスマーケティング、顧客への高圧的な態度など)
  • 従業員の不適切な行為(バイトテロなど)

特に近年は、人々の価値観が多様化しており、企業側が意図しない形で誰かを傷つけ、炎上に発展するケースが増えています。

Q: 炎上は完全に避けることができますか?

A: 完全に避けることは非常に困難です。
どんなに注意を払っていても、受け取る側の解釈や社会情勢の変化によって、意図せず炎上してしまうリスクは常に存在します。重要なのは、炎上をゼロにすることを目指すのではなく、リスクを正しく理解し、予防策を講じ、万が一発生した際に被害を最小限に抑えるための準備をしておくことです。

Q: 炎上を見かけたら、どうすればいいですか?

A: まずは冷静に事実関係を確認することが重要です。
感情的なコメントに同調して安易に情報を拡散したり、批判に参加したりすることは避けましょう。 もし情報が誤っている、あるいは過度な誹謗中傷だと感じた場合は、プラットフォームへの報告機能を利用することも一つの方法です。静観することも、炎上を不必要に拡大させないための賢明な態度と言えます。

Q: 企業が炎上対策で相談できる専門家はいますか?

A: はい、います。
弊社エルプランニングのように、WEBリスクマネジメントやブランドセキュリティを専門とする企業が存在します。 平時からのSNSモニタリング、ガイドライン策定、従業員研修、そして有事の際のコンサルティングまで、専門的な知見で企業をサポートします。炎上は初期対応が非常に重要ですので、事前に相談先を見つけておくことを強くお勧めします。

まとめ

本記事では、炎上に参加する人々の心理的動機と、企業が取るべき対策について、私の実務経験を交えながら解説しました。

その根底にあるのは、「正義感」「匿名性」「集団心理」といった、誰の心にも潜む普遍的な要素です。炎上は、決して他人事ではありません。

情報を発信する際は、その言葉が誰かを傷つけないか、意図せず誤解を生まないか、一歩立ち止まって考える想像力が求められます。
そして企業にとっては、日頃からのリスク管理と誠実なコミュニケーションこそが、ブランドという大切な資産を守る最大の盾となるのです。

この記事が、皆さまにとって、デジタル社会との健全な向き合い方を考える一助となれば幸いです。

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